東京地方裁判所 昭和38年(ワ)10257号 判決 1967年11月15日
原告 日比野晶一 外二名
被告 エスエス製薬株式会社
主文
原告日比野晶一、同佐藤精男、同望月澄男は、いづれも被告の従業員(雇傭契約上の労務者)たる地位にあることを確認する。
被告は、別紙第一目録中各原告に支払うべき金員の欄1ないし47に記載されている各金員およびこれら(但し、同欄37ないし41記載の各金員を除く)に対する同目録遅延損害金起算日の欄に記載されている日以降支払ずみにいたるまでそれぞれ年六分の割合による金員をそれぞれ当該原告に支払え。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを五分し、その四を被告、その余を原告らの各負担とする。
この判決の主文二項は仮に執行することができる。
事実
原告ら代理人は、主文一項同旨および「被告は、原告らに対し、それぞれ別紙第二目録中当該原告に支払うべき金員の欄1ないし50に記載されている各金員、およびこれら(但し、同欄38ないし42記載の各金員を除く)に対する同目録支給期日欄に記載されている日以降支払ずみにいたるまでそれぞれ年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求の原因を次のとおり述べた。
「一、被告は、薬品の製造、販売を業とする株式会社であり、原告らはいづれも昭和三八年以前からその従業員として被告に雇われ、同会社荏原工場に勤務していたものである。
二、原告らは被告に対し次のような各金員の支払を求め得べき債権を有する。
(1) 昭和三八年七月分賃金の一部未払分として、別紙第二目録1欄記載の金員。
(2) 昭和三八年一一月分賃金の一部未払分として、同目録2欄記載の金員。
(3) 昭和三八年一二月から昭和三九年三月までの各月賃金として、同目録3ないし6欄記載の各金員。
(4) 昭和三九年四月から、昭和四〇年三月までの各月賃金として、同目録7ないし18欄記載の金員。
(これは、昭和三八年度各月賃金(右(3)の金員)に、昭和三九年度平均賃上部分金額二、〇一四円を加算したものである。)
(5) 昭和四〇年四月から昭和四一年三月までの各月賃金として、同目録19ないし30欄記載の金員。
(これは、昭和三九年度各月賃金(右(4)の金員)に、昭和四〇年度平均賃上部分金額三、一九三円を加算したものである。)
(6) 昭和四一年四月から昭和四二年二月までの各月賃金として、同目録31ないし41欄記載の金員。
(これは、昭和四〇年度各月賃金(右(5)の金員)に、昭和四一年度平均賃上部分金額一、五〇〇円を加算したものである。なお、原告佐藤につき、昭和四一年六月以降家族手当七〇〇円が加算される。)
(7) 昭和四二年三月分賃金のうち、その三一分の二七にあたる同目録42欄記載の金員。
(8) 昭和三八年度末一時金として、同目録43欄記載の金員。
(同年度基本給月額(前記(3)の金額)を二、三五倍した金員。)
(9) 昭和三九年度夏季一時金として、同目録44欄記載の金員。
(同年度基本給月額(前記(4)の金額)を二、一五倍した金員。)
(10) 昭和三九年度末一時金として、同目録45欄記載の金員。
(同年度基本給月額(前記(4)の金額)を二、五倍した金員。)
(11) 昭和四〇年度夏季一時金として、同目録46欄記載の金員。
(同年度基本給月額(前記(5)の金額)を二、三倍した金員。)
(12) 昭和四〇年度末一時金として、同目録47欄記載の金員。
(同年度基本給月額(前記(5)の金額)に二、五倍した金員。)
(13) 昭和四一年度夏季一時金として、同目録48欄記載の金員。
(同年度基本給月額(前記(6)の金額。但し、原告佐藤については、同年四、五月分基本給月額。)を二、三倍した金員。)
(14) 昭和三九年度特別賞与金として、同目録49・50欄記載の金員。
(同年度基本給月額(前記(4)の金員)を一、二倍および〇、五倍した金員。)
(15) 以上各金員(但し、同目録38ないし42欄記載の各金員を除く)に対する同目録記載の各支払期日以降年六分の割合による遅延損害金。(被告は株式会社であるから、右金員の遅延損害金は商法所定の年六分の割合で計算され、しかも支払期日即日から履行遅滞におちいると解すべきである。なお、同目録38ないし42欄記載の各金員については、遅延損害金の請求をしない。)
三、しかるに被告は、原告らが被告の従業員であることを争い以上の各債権につき支払いをしない。
四、よつて、請求の趣旨記載のような判決を求めるため本訴に及んだ。」
被告代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求め、次のように述べた。
「一、請求の原因一項、三項は認める。同二項のうち(5)の昭和四〇年度平均賃上部分金額は三、一九三円でなく三、二九三円、(6)の昭和四一年度平均賃上部分金額は一、五〇〇円でなく九七八円であり、従つてその限度で集計金額に誤りがある点を除き、他の計算関係はすべて認める。(支払義務の存否について、以下二のとおり。)
二、被告は、原告らを、昭和三八年六月二〇日に昇給停止及び、一四日間の出勤停止処分に付し、さらに同年一一月六日には懲戒解雇処分にしたものであるが、その理由は次のとおりである。
(1) 昭和三八年五月一一日、原告らは被告に対し東京地方裁判所より呼出しがあつたと称し外出の許可を求めたが、呼出状の提示がないのでこれを許可しなかつたところ、同月一三日無許可のまま外出し、約五時間にわたり職場を離脱した。
被告はこれに対し原告らに始末書の提出を求めたが拒否されたので、同月二一日就業規則四七条四号、一一号によりけん責処分に付した。
(2) 同月二二日、原告らは「あしなみ」三号という総評化学産業労働組合同盟関東地方本部エスエス製薬支部の機関誌において、右(1)の件につき被告は一たん外出を許可しながら後になつてこれを撤回した旨虚偽の事実を述べるとともに、被告の成田工場が建設されるに伴い、荏原工場が廃止されるかの如き虚偽の事実を宣伝して流言蜚語を流布し、さらにその頃同工場附近で行われた「エスエス労組歓迎総けつ起大会」において「荏原工場廃止反対」の宣伝を試み従業員に不安動揺を与えた。同月一五日には、無許可で荏原工場食堂内でビラを配付し、同月一七日には、同年二月一二日付原告ら組合と被告の間の協約で組合活動を禁止されている時間に会社構内でビラを配付した。被告会社上司において原告らに対し以上の行為につき始末書の提出を求めたところ拒否されたので、右(1)の件につき始末書の提出を拒否したのも併せ、同年六月二〇日、就業規則四七条四号、七号、八号、一一号、四八条一二号により昇給停止、および一四日間の出勤停止処分に付した。
そして、右出勤停止処分の結果として、同年七月二五日に原告らに支給すべき同月分賃金より、原告日比野につき一四、三九九円、同佐藤につき一四、五〇四円、同望月につき一三、七三一円(前記第二目録1欄の各金員)をそれぞれ差引いたものであるから、これらを原告らに支払うべき義務はない。
(3) 原告ら組合と被告の間で締結されている組合事務所使用貸借契約において被告休日には原則として組合事務所を使用してはならない旨規定されているのに、原告らは訴外清水征一と共謀のうえ、休日である同年一一月三日守衛が阻止してもその阻止を排除して組合事務所を使用することを企て、同日午後一時一〇分頃から同三〇分頃までの間、原告日比野、同望月、および訴外清水において守衛の制止を実力で排除し、組合事務所へダンボール箱などを搬入して右事務所を使用し、且つ守衛の業務を威力をもつて妨害した。
そして被告は原告らに対し、以上の行為につき始末書の提出を求めたが、同人らはこれを拒否した。しかも、原告らは、前記(1)、(2)のように就業規則違反を重ね、懲戒処分に付されたが改悛の情なく、懲戒に服する意思を欠いたものである。
以上のことは、就業規則四八条二号、三号、一二号、五〇号(原告佐藤のみ)に該当するので、被告は、同月六日原告らに対しそれぞれ解雇予告手当を支給したうえ、同日限り解雇する旨の意思表示をしたものである。
従つて、同月七日以降の賃金はすべて支払う義務がない。」
以上の被告代理人の主張に対し、原告ら代理人は次のとおり述べた。
「一、(1) 被告主張の前記二項冒頭の事実は認める。
(2) 同項(1)について。
外出許可がなかつた点は否認し、他は認める。
(3) 同項(2)について。
外出の件につき、「あしなみ」三号に被告主張のような事実を掲載したことは認めるが、それが虚偽であるというのは否認。荏原工場が廃止されるかのような宣伝をしたり、右廃止反対の宣伝を試みたりしたという点、及びビラ配りに関する点は否認。その余の主張は認める。
(4) 同項(3)について。
原告ら組合と被告の間で締結されている組合事務所使用貸借契約において、被告休日には原則として組合事務所を使用してはならない旨規定されていること、原告日比野、同望月が訴外清水と共に休日である昭和三八年一一月三日にダンボール箱などを組合事務所に搬入したこと、始末書の提出を拒否したこと、被告主張のような理由で懲戒処分を受けたことがあること、同年一一月六日被告主張のような就業規則の条項にあたるとして解雇の意思表示を受けたことを認め、他は否認。
二、被告の本件昇給停止、出勤停止および解雇処分は、次のいづれかの理由により無効である(但し(2)は解雇についてのみ)。
(1) 前記被告主張二項(1)の外出は、被告より許可をえてしたものであり、同項(2)の「あしなみ」三号に掲載した事項はいずれも真実である。「エスエス労組歓迎総けつ起大会」において「荏原工場廃止反対」の宣伝を試みたことはなく、また昭和三八年五月一五日および同月一七日に被告主張のようなビラを配付したこともない。従つて以上の各件につき始末書を提出する必要はなく、結局前記けん責、昇給停止、出勤停止の各懲戒処分は、就業規則に定める該当事由を欠き無効である。
同項(3)のうち、まず、「懲戒処分に付されたのに、反省の色がなく、懲戒に服する意思を欠く」という点は、そもそも懲戒処分が右のように無効であるから、既にその前提において失当であり、また「組合事務所立入り」の点は、原告佐藤においてこれを共謀した事実はなく、同日比野、同望月において守衛の同意と立会のもとにダンボール箱などを搬入したもので、何ら不当でないのみならず、守衛の業務を妨害してもいない。
従つて、前記解雇もまた就業規則に定める該当事由を欠き無効である。
(2) 前記組合事務所の使用貸借契約において休日使用が原則として許されていないのは、火災、盗難予防の見地からだけであるから、たんに物品を組合事務所に搬入することは不当視すべきではない。従つてこれを解雇の中心理由にしたことは解雇権の濫用であり、本件解雇の意思表示はこの点からも無効である。
(3) 原告らは、かねて総評化学産業労働組合同盟関東地方本部エスエス製薬支部(以下原告ら組合と略称する)に加入し、原告日比野は同支部執行委員長、同佐藤は副執行委員長、同望月は書記長として活発な組合活動を展開してきた。昭和三六年三月一〇日、原告ら組合員は被告より解雇の意思表示を受けたが、東京地方裁判所に地位保全の仮処分申請を提起して争い、昭和三八年二月一二日同裁判所の勧告にもとずき、原告ら組合員のうち原告らを含む一七名が同年五月二日以降被告荏原工場で働くことを根幹とする和解が成立した。しかるに被告は、右一七名を就労させるにつき、荏原工場の一隅にある倉庫の二階に新たに製造第二課第二仕上係を設け、右一七名各自の技能、能力、経験を無視して全員を右第二仕上係に配置し、他の従業員から隔離する方針をとつた。しかも右のような隔離方針は、業務上の配置ばかりでなく、厚生活動の面でも採用され、原告ら組合員が他の従業員とバレーや卓球を行うことさえ禁止された。その他被告は、原告ら組合員が、他の従業員に対しビラを配付するのを監視したり、正当な理由なく団体交渉を拒否したりするなど、原告ら組合の潰滅を目的とする数々の行為を行うとともに、原告らの組合活動を妨害してきた。本件昇給停止、出勤停止および解雇処分は、いずれも右のような被告の不当労働行為の一環として、原告ら組合の指導者である原告らの組合活動を嫌悪する余り、なされたものであるから、労働組合法七条一号により無効である。」
右の原告ら代理人主張二項に対し、被告代理人は次のとおり述べた。
「二項の(1)、(2)は争う。(3)のうち、原告らの組合における地位、活動、和解の経過に関する事項、原告ら組合員一七名全員を製造第二課第二仕上係に配置したことを認め、他は否認する。」
(証拠省略)
理由
一、請求原因一項、三項および被告が原告らを昭和三八年六月二〇日、昇給停止および一四日間の出勤停止処分に付し、さらに同年一一月六日原告らに対し解雇の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。
二、よつて、まず本件昇給停止および出勤停止処分が有効か否かを判断する。
(1) 昭和三八年五月一三日原告らが職場を離れて外出したこと、同月二一日原告らが被告より被告会社就業規則四七条四号、一一号該当としてけん責処分に付されたことは当事者間に争いがなく、右就業規則四七条には、同条四号「会社所定の届出、報告その他の手続を故意に怠りまたはこれを詐つた者」、同条一一号「職務上、上長の指揮命令に従わず、職場秩序を紊しもしくは不正不法の行為をし、あるいは風紀を紊した者」をけん責処分に付し得べき旨規定されていることは、証人金児時次の証言により成立を認め得る乙九三号証によつてこれを認めることができる。原告らは、右外出につき許可をえたと主張するけれども、成立に争いがない乙一六三号証の一ないし三、証人金児時次、同落合正知、同原田順太郎の各証言の一部、同岡村和夫の証言、原告日比野晶一(第一、二回)、同佐藤精男の各供述の一部によれば、原告らは、先きに東京地方裁判所に提起した団体交渉応諾の仮処分申請につき、同裁判所岡書記官からその取下げ方を要請され、取下げにいくために同月一一日「東京地方裁判所より呼出しのため、同月一三日朝から午後四時半まで外出したい」旨記載した外出願を被告荏原工場進邦製造第二課長および樫村総務課長に提出し、外出の許可をえようとしたこと、その際進邦、樫村両課長は一応外出願を受理したが、許可するか否かにつき明白な態度をとらないまま推移するうち、原告らは同月一三日午前九時頃に至り前記外出願が受理された以上許可されたものであるという解釈のもとに外出してしまつたこと、その後同日午後同課長らは裁判所から正式の呼出はなかつたという理由で原告らの外出願を許可しないことにしたこと、が認められるのであつて(前記各証言((証人岡村和夫の証言を除く))供述中以上の認定に反する部分はいずれも措信できない。)原告ら主張のように、本件外出願につき被告の許可があつたものとは認めることができない。もつとも以上の事実関係では、原告らが故意に許可をうる手続を怠つたとはいえないばかりか、裁判所より仮処分申請の取下げ方を要請された場合、通常人が、裁判所から呼出しがあつたと考えるのは無理もないから、原告らが前記のような外出願を提出したことをもつて「詐り」の届出をしたとするのは相当ではないから、前記四七条四号に該当するものとはいえない。しかし、原告らが外出した同月一三日の午前九時頃の段階において、前記課長らの右外出の許否に関する態度はあいまいであつたとはいえ、すくなくとも許可するまでには至らなかつたことは明らかであるのに原告らが、外出願の一応の受理をもつて直ちに許可されたと解すべきものとし、無許可のまま職場を離脱した行為は、軽卒のそしりを免れず、すくなくとも同条一一号にはあたるものといわざるをえない。従つて、原告らが右外出の故に前記けん責処分に処せられたのはやむをえないものと認むべきであつて、右けん責処分を無効ということはできない。
(2) (イ) 原告らが、同年五月二二日、原告ら組合機関誌「あしなみ」三号において、右(1)の件に関し、被告はいつたん外出を許可しながら、後でこれを撤回した旨宣伝したことは当事者間に争いがなく、前顕乙九三号証によれば、前記就業規則四七条には同条七号「故意または過失により会社に対し有形無形の損害を与えもしくは会社または従業員の名誉を傷つけた者」、同条八号「会社あるいは職場の秩序をみだすおそれのある流言蜚語を行つた者」を昇給停止、出勤停止処分に付し得べき旨定められていることが認められる。そして、右(1)において認定したように被告が前記外出を許可した事実はないから、「あしなみ」三号の右記載内容は真実であるとはいえず、従つて原告らの右行為はたとえ過失にもとづくとしても就業規則四七条七号に該当することを免れないが、前認定の事実関係から見てこれを流言蜚語とまではいい得ないから、同条八号には該当しない。
(ロ) 次に、被告は右「あしなみ」三号で、原告らが、被告成田工場の設立に伴い荏原工場が廃止されるかの如き虚偽の宣伝をしたと主張するけれども、成立に争いがない乙五九号証によれば、「あしなみ」三号には、「成田新工場の完成近し、荏原工場はどうなるか?」と題して、成田市と被告社長の間で、成田工場従業員には地元の者を優先的に採用する旨の覚書が作成されていること、荏原工場が老朽化していることなどを記述した記事が登載されているだけであつて、これらの記事は、いずれも証人金児時次の証言に照し事実に反するものでないことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。なお、同号証によれば、その他、成田工場設立に対する原告らの評価、意見にわたる記事も存することが認められるけれども、これらの記事が被告の評価意見と一致しないからといつて、直ちに虚偽の宣伝とは断じ難く、結局被告の右の主張は理由がない。
(ハ) さらに被告は、同年五月二二日頃、原告らが「エスエス労組歓迎総けつ起大会」において、「荏原工場廃止反対」の宣伝を試みたと主張するが、これを認めるに足るだけの証拠はない。よつて、右の主張も理由がない。
(ニ) また、被告は、同年五月一五日に原告らが無許可で荏原工場食堂内でビラを配付し、同月一七日には、同年二月一二日付原告ら組合と被告の間の協約で組合活動を禁止されている時間に被告構内でビラを配付したと主張するところ、成立に争いがない乙五七、五八号証、証人金児時次、同落合正知の各証言、原告日比野(第一回)の供述の一部、同佐藤の供述によれば、同年五月一五日に右両原告が昼休み時間中、食堂内で被告の許可をえないまま原告ら組合機関誌「あしなみ」一号を従業員に配付したこと、同月一七日午前八時二〇分前に、原告日比野が右食堂前で「あしなみ」二号を従業員に配付したこと、が認められ、右認定に反する同日比野の供述(第一回)の一部は措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そして、成立に争いがない乙二号証によれば、同年二月一二日付原告ら組合と被告の間の協約二項(1)号において、原告ら組合員の被告構内における組合活動は、組合事務所における場合を除き、荏原工場の開門時から閉門時までとされ、同項(3)号において、組合員が組合活動のため被告の施設を使用する場合は、被告の許可を必要とするとされていることが認められ、また、証人金児時次の証言により成立を認めうる乙九四号証によれば、荏原工場服務規定二条により、同工場の開門時は午前八時二〇分、閉門時は午後四時四〇分と定められていることが認められる。従つて、前認定の同年五月一五日に原告日比野、同佐藤が荏原工場食堂内で、「あしなみ」一号を従業員に配付した行為は、前記協約二項(3)号に、前認定の同月一七日同日比野が同食堂前で「あしなみ」二号を従業員に配付した行為は同項(1)号に、それぞれ違反するといわざるをえない。ところで、右行為は、原告ら組合と被告の間の組合活動に関する協約に違反するとはいえ、それだけで直ちに原告らが就業上の規律に違反したものと断ずるわけにはいかない。しかし、前記労働協約二項各号が被告会社の職場秩序を維持するため構内における組合活動を制限する目的にいでたものであることはその内容自体から明らかであるから、この制限に違反して前記組合活動を行つたことは、前記就業規則四七条一一号に該当するものというべく、昇給停止、出勤停止処分の対象とされてもやむをえないところである。(右五月一五日の件につき原告望月が、同月一七日の件につき同佐藤、同望月がそれぞれ加担しているという被告主張については、これを認むべき証拠がない。)
(ホ) なお、原告らが以上の各件につき被告会社上司より始末書の提出を命ぜられ、これを拒否したことは当事者間に争いがない。そして、前顕乙九三号証によれば、被告会社就業規則四四条二項には、けん責・昇給停止・出勤停止処分に付する場合は、あらかじめ始末書の提出を求め得る旨規定されているから、以上の各件のうち前記認定の無断外出の件、右外出に関し許可をえたと「あしなみ」三号に掲載した件、および前記協約二項(1)、(3)号に違反した件(原告望月を除く)については、被告会社上司から始末書の提出を命ぜられた以上関係各原告においてこれを提出すべき義務があるものというべく、これを拒否したことは就業規則四七条一一号「職務上上長の指揮命令に従わず」に該当する。(被告は、右行為は、就業規則四八条一二号にも該当すると主張するが、同条同号の内容は後記認定のとおりであり、上記認定の事実関係から見れば、右行為はその情状において同条同号には該当しないと認むべきである。)よつて以上認定した限度で、本件の昇給停止、出勤停止処分は、これに該当する事由を欠くものではない。
(3) 原告らは、右の処分は不当労働行為であり、無効であると主張する。よつて、検討するに(イ)原告日比野は、原告ら組合の執行委員長、同佐藤は、同組合副執行委員長、同望月は、同組合書記長の地位にあり、組合活動に従事してきたこと、昭和三六年三月一〇日、原告ら組合員は被告より解雇の意思表示を受けたことがあるが、これに対し東京地方裁判所に地位保全の仮処分申請を提起して争い、昭和三八年二月一二日同裁判所の勧告にもとづき和解した結果、原告らを含む一七名の組合員の解雇は撤回され、同人らは同年五月二日以降荏原工場で就労することになつたこと、右就労に際し、被告は荏原工場製造第二課に第二仕上係を新設し、右一七名全員を配置したことはいずれも当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲四〇号証、証人原田順太郎の証言の一部、同佐藤由紀子、同石川毅芳の各証言、原告ら本人の各供述によれば、第二仕上係の業務内容は主として包装などの単純作業であり、右一七名各自の技能、経験などは余り考慮されない配置であること、他の大部分の係には配置されている嘱託員、パートタイマーを第二仕上係には配置せず、また同係において欠員が生じてもこれを補充せず、昭和三九年一二月に、当時就労していた原告ら組合員約一三名全員が解雇されるや同係は廃止されたこと、などの事実が認められるから、被告の右措置は、原告ら組合員を他の従業員から隔離し、組合活動による他の従業員への影響を阻止するためにとられたといわざるをえず、右認定に反する証人金児時次、同落合正知、同村上義治の各証言および同原田順太郎の証言の一部は措信できない。(ロ)さらに成立に争いがない甲五号証、証人金児時次、同原田順太郎、同村上義治の各証言によれば、被告は原告ら組合員一七名の職場配置につき、前記和解成立当日である昭和三八年二月一二日原告ら組合と被告間に成立した協約八項(1)号により被告がこれを定める旨取りきめられているから団体交渉の対象にはならないという理由で団体交渉を拒否したことのあることが認められるところ、成立に争いがない乙二号証によれば、同日原告ら組合と被告間にとりかわされた覚書八項(1)号に右のようなとりきめがあることは認められるが、右とりきめは労働者の人事、あるいは労務管理につき最終的決定権を被告が有するという当然の事理を確認したものに止まり、それ以上の意味を有するものとは解し難いから、原告らの労働条件に必然的に影響すべき前記職場配置につき団体交渉を拒否することは正当な理由を欠くものであつて、不当労働行為であるといわなければならない。以上(イ)(ロ)のような事実に照せば、被告の不当労働行為に関する原告らその余の主張を判断するまでもなく、右組合の中心的存在である原告らの組合活動に対し、被告が常日頃嫌悪していたことを認定するのに困難ではないが、他方また前記認定のように、原告らにおいて昇給停止、出勤停止処分に付されてもやむをえない事実も存在するのであつて、いずれが本件処分の決定的原因となつたかは、にわかに判断し難いところである。そうであるとすれば、本件処分が不当労働行為であるという原告らの主張は、結局その証明が十分でなく、採用し難い。
(4) 以上の次第であるから、被告が前記(1)のけん責処分後更に前記(2)の(イ)の虚偽記事掲載同(ニ)の各「あしなみ」配付、(ホ)の始末書不提出があつたことを理由として原告らに対して行つた本件昇給停止、出勤停止処分はいずれも有効といわざるを得ない。
三、次に本件解雇の意思表示が有効か否かを判断する。
(1) 被告会社の休日である昭和三八年一一月三日、原告日比野、同望月が訴外清水征一と共に、ダンボール箱などを原告ら組合事務所に搬入したことは当事者間に争いがない。被告は、原告佐藤が右搬入につき同日比野、同望月および訴外清水と共謀関与したと主張するが、これを認めるに足る証拠はない。
(2) ところで、被告は、右搬入が、同組合と被告との間の同組合事務所使用貸借契約九項にある「組合事務所の使用は原則として平日は、午前八時二〇分より午後七時三〇分までの間とし、又会社休日はこれを使用してはならない」という規定に違反すると主張する。しかし、右契約に被告主張のような規定があることは当事者間に争いがないが、右規定にいう「使用」とは、組合事務所の社会的、あるいは物理的用法に従いある程度の時間にわたり人がこれを利用する行為を指し、ダンボール箱などを単に搬入存置するだけの行為は含まないものと解するのが相当である。従つて、被告の右の主張は理由がない。
(3) 被告は、右搬入にあたり原告日比野、望月らが威力をもつて守衛の業務を妨害したとし、就業規則四八条二号の「他の従業員に対し暴行、脅迫を加えまたはその業務を妨害し、もしくは故意に作業能率を低下せしめた者」、同条三号「職務上、上長の指揮命令に従わず職場秩序を紊しもしくは不正不法の行為をしあるいは風紀を紊しその情状極めて悪質なる者」に該当すると主張する。しかし、前顕乙九三号証によれば、右のような就業規則の条項の存在を認めることができるが、同原告らが守衛に暴行脅迫を加えまたはその業務を妨害し、もしくは能率を低下させたと認めるに足りる証拠はなく、却つて証人嶋村凱雄の証言によれば、同原告らは単に守衛の制止を無視して組合事務所に荷物を搬入したにすぎず、守衛に対し暴行脅迫を加えまたは業務を妨害しもしくは能率を低下させた事実はないことが認められる。(もつとも、守衛の制止を無視することは、結果においてその業務を妨害することにほかならないという見解があるかも知れない。しかし右就業規則四八条二号において、業務妨害が「他の従業員に対し暴行、脅迫を加え」という文言と並んで規定され、ともに解雇事由とされていることから考えると、ここにいう業務妨害とは、単に消極的に相手の指示を無視することを含むものではなく、威力、偽計、詐術などの積極的な行為により業務を妨害した場合のみを指称するものと解すべきである。)従つて、同原告らの行為が就業規則四八条二号に該当するとはいい難い。次に、同原告らの行為が同条三号に該当するか否か考えると、前記守衛の制止行為が上長の指示にもとづくことは、証人嶋村凱雄の証言により明らかであるが、右守衛が同原告らの上長にあたるものでないのは勿論、当該搬入行為に際し同原告らに対して発せられた上長の命令を同原告らに伝達したというわけでもなく、ただ、原告ら組合と被告の間の使用貸借契約の債務不履行となるべきことを警告し制止したに止まることが、これまた同証言により明らかであるから、守衛の右制止行為を以て「職務上」の「上長の指揮命令」であるとは到底認め難く、その他これを無視した原告らの行為を、同条三号に該当すると解すべき余地はない。
(4) 被告は、原告らの前記昭和三八年一一月三日のダンボール等搬入行為が就業規則四八条二、三号違反であることを前提として、原告らは就労以来前記二認定の如く就業規則違反を重ね懲戒処分に処せられたにもかかわらず重ねて右搬入行為により就業規則を犯したのは、改悛の情なく、懲戒に服する意思を欠くものであるとし、これは就業規則四八条一二号「懲戒に処せられたにもかかわらず全く改悛の情なきかもしくは懲戒に服する意思欠如せる者」に該当するとして本件解雇に及んだものであり、右のような就業規則の条項が存することは、乙九三号証によつて明らかである。しかし、原告佐藤が右搬入に関与したと認むべき証拠のないことは前示のとおりであり、またその余の原告らの右ダンボール等搬入行為を以て就業規則四八条二、三号違反と解し難いことは(1)(2)(3)説示のとおりであるから、原告らを前記就業規則四八条一二号にあたるとした被告の判断はその前提において誤つているものであつて、結局本件解雇は就業規則所定の懲戒事由を欠くに拘らず行われた懲戒解雇として無効といわなければならない。
(5) 以上のとおり、本件解雇は無効であるから、原告らは右解雇の意思表示にもかかわらず、依然として被告の従業員たる地位を有する。しかも、被告が原告らの右地位を争つていることは当事者間に争いがないから、原告らは右地位あることの確認を求める法律上の利益を有するというべきである。
四、そこで、進んで、原告らの金員の請求について判断する。
(1) 別紙第二目録の1欄記載の各金員の請求について。
右各金員が、前認定にかかる一四日間の出勤停止処分の結果として当時関係各原告の賃金から差引かれたことは当事者間に争いがない。そして、右処分が有効なことは前記二に判断したとおりであるから、その無効を前提とする原告らの頭書各金員支払の請求は理由がない。
(2) 同目録2ないし6欄記載の各金員について。
原告らが依然被告の従業員であれば、右各欄記載の金員を関係各原告に支払うべき計算となることは当事者間に争いがなく、また原告らが依然被告の従業員たる地位を有することは前記三で判断したとおりであるから、原告らの頭書各金員支払の請求は理由がある。
(3) 同目録7ないし18欄記載の各金員の請求について。
昭和三九年四月から同四〇年三月までの被告従業員賃金には昭和三九年度平均賃上げ金額二、〇一四円が加算されるべきことは当事者間に争いがないが、前記二で判断したように昭和三八年六月二〇日の本件昇給停止処分は有効であり、前顕乙九三号証によれば、就業規則四四条二項六号により「昇給停止は次期の昇給を停止する」旨定められているから、原告らの頭書各金員の請求は右各欄記載の各金員からそれぞれ二、〇一四円を差引いた金員を関係各原告に支払うべきことを求める限度で理由がある。
(4) 同目録19ないし30欄記載の各金員の請求について。
昭和四〇年四月から同四一年三月までの被告従業員賃金には同四〇年度平均賃上げ金額としてすくなくとも三、一九三円が加算さるべきであることは当事者間に争いがないから、原告らの頭書各金員の請求は、前記(2)の各金額に三、一九三円をそれぞれ加算した各金員を関係各原告に支払うべきことを求める限度で理由がある。
(5) 同目録31ないし42欄記載の各金員の請求について。
昭和四一年四月から同四二年三月までの被告従業員賃金に加算すべきことに争いのない昭和四一年度平均賃上げ金額が一、五〇〇円であるとの原告らの主張はこれを認めるに足りる証拠はないから、同年度の平均賃上金額は被告の自認する九七八円と認めるほかはない。なお、原告佐藤につき、昭和四一年六月以降家族手当七〇〇円が支給されるべき関係にあることは当事者間に争いがない。従つて、原告の頭書請求は、前記(4)の各金額に九七八円をそれぞれ加算し、なお原告佐藤については昭和四一年六月支給分以降さらに七〇〇円をそれぞれ加算した金額を関係各原告に支払うことを求める限度で理由がある。
(6) 同目録43ないし48欄記載の各金員の請求について。
原告ら主張の、年末および夏季一時金の算定方式が請求原因二の(8)ないし(13)のとおりであることは当事者間に争いがないから、原告らの昭和三八年度年末一時金の請求はすべて理由があり、その余の各一時金の請求は、昭和三九年度の月額基本給を本判決理由四の(3)の金員、昭和四〇年度の月額基本給を同じく(4)の金員、昭和四一年度の月額基本給を同じく(5)の金員(但し、原告佐藤については、家族手当七〇〇円を加算しない昭和四一年四、五月の基本給で請求しているので右加算をしない金員)として計算した限度で理由がある。
(7) 同目録49・50欄記載の各金員の請求について。
原告ら主張の昭和三九年七月と同年一〇月の特別賞与金とは、同年度の夏季及び年末各一時金とは別種のものであることが原告らの主張自体明らかであるところ、右特別賞与金は原告らが依然被告会社従業員として就労しておるかぎり当然に支給される金員であると認めるに足りる証拠はない。よつて右金員の請求は理由がない。
(8) 被告が株式会社であること、以上(2)ないし(6)の各金員の支給期日は原告ら主張(原告佐藤、同望月の昭和三八年度年末一時金の支給期日につき、同年一二月一日であるとか、同月二日であるとか主張自体が混乱しているが、弁論の全趣旨上同月二日の主張であると認められる)する別紙第二目録支給期日欄記載のとおりであることは当事者間に争いがなく、従つて、原告の遅延損害金請求は右各金員(ただし、前記(5)の金員中同目録38ないし42欄記載の金員を除く。この分については原告らにおいて遅延損害金の支払を求めない。)に対する同目録記載の各支給期の翌日から完済まで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においてのみ理由がある。原告は、支給期日当日から遅滞を生じると主張するけれども根拠がない。
(9) それ故、原告の金員支払の請求は、別紙第一目録中各原告に支払うべき金員欄1ないし47記載の各金員およびこのうち同欄37ないし41記載の各金員を除くその余の金員に対する同目録遅延損害金起算日欄記載の日以降完済まで年六分の割合による遅延損害金を求める限度においてのみ理由があることとなる。
五、よつて原告らの本訴請求は、以上認定した限度で正当としてこれを認容し、その余を失当として棄却すべく、訴訟費用の負担については民事訴訟法九三条一項本文、九二条本文、八九条を、仮執行の宣言については同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 川添利起 園部秀信 石田穣)
(別紙目録省略)